続・映画館へ行けなくなった話

鑑賞マナーの著しい低下により、映画館に行けなくなった話、のつづき。


鑑賞中の、他者の行為で何が嫌かって、その最たるものはやはりスマートフォンをはじめとする携帯端末の操作になるのだが、これ、意外にも年配の人間に多い(私が遭遇したのがたまたまそうだっただけなのかも知れないが…)。
ある日の鑑賞時の被害例を記そう(もうここははっきりと“被害”と明言させてもらう)。


やって来たのは母親、父親、娘…家族連れと思しき三人組。
そのうちの一人、おそらく父親であろう男は、上映開始前からずっとスマホをいじり倒していた。
「ああ、なんだか上映が始まってもずっとさわってそうだな…」
嫌な予感は的中、男はほとんど映画を観ないまま、始終スマホの操作に執心していた。
チカチカとした液晶の明かりに視界を邪魔され、結局物語に集中できないまま上映は終了してしまった。


「今回もまたタイミングの悪い回に出くわしてしまったな」
それだけならまだいい。
何とも情けないのは、その男、上映中に何度も隣の娘にスマホの操作をやめるよう窘められていたのだ。
おそらくはその娘の“保護者=付き添い”としてやって来たのだろうに、本来は面倒をみてあげなきゃいけない立場の人間に、逆に注意を受けるとは…。挙句その男、再三の注意にも耳を貸さずに悪行を継続していたのだから、もはや救いようのないバカである。
引率の役割としては、もう母親が立派に果たしている、よってただ風紀を乱す存在でしかない父親は不要、「おとなしく家で留守番していてくださいよ」と文句を付けたくもなる。
心から楽しみに鑑賞にやって来た人間からしたら、邪魔者以外の何物でもない。このような人間が、文化鑑賞の場に於いて厳しく取り締まられるよう、切に願うばかりだ。


こうした現状を、まさか制作サイドも知らないわけではあるまい。
けれど、その点に関して何か言及している声がまったく聞こえてこないのがまた、私としては不満なところだ。
鑑賞の場を提供しているシアターはもちろんのこと、配給会社、監督、演者――心から映画を愛する人たちのことを慮るのであれば、快適な上映環境を確保するためとして、誰か、何か、提言の一つや二つあってもいいと思う。
「素晴らしい映画ができました。ぜひ映画館へ足を運んでください」
何の対策や改善も無しに、ただ頭ごなしに「映画館で観る醍醐味!」「テレビでは味わえない臨場感!」などと宣っているのであれば、愚鈍の極致、おめでたいにもほどがある。


少なくとも私は、今の上映環境に於いて“わざわざ足を運んで観る映画の良さ”を見出せなくなっている。この文がもし関係者の目にふれることがあるのならば、この点、よく肝に銘じてほしい。





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■今日の一曲
Shye「Someone, Always」


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